みゆき野球教室

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緑園の天使 National Velvet

私は競馬ファンだが、平地競走(へいちきょうそう)よりも障害競走の方が好きだ。これは私が馬乗りだからかもしれない。障害競走は落馬がつきもので馬券的には難しいといわれるが、実際は障害競走ほど馬券が当てやすいものはない。
 
障害競走はイギリスやオーストラリア、ニュージーランドでは盛んだが、アメリカや日本では人気がない。
日本では、お昼前に1レース組まれていることが多かった。人気がないので、馬券も売れないし、観戦する人も少ない。最近では朝の最初のレースとして組まれることもある。
しかし、年に二回行われる「中山大障害」など、障害の重賞競走はなぜか人気があり、ゴールインした人馬に温かい拍手が贈られほっこりする。
 
私は府中の東京競馬場で行われる「東京障害特別」という重賞競走が好きだった。いつも、襷コースの大竹柵障害の前で観戦した。ここを人馬が飛越する場面はとても迫力がある。
障害を飛越したら、観戦していた私たちは地下通路を走りゴール前を目指す。それはさながら人間競馬だ。ゴール前に辿り着く頃、人馬は4コーナーを回り、直線コースに入る。握りしめている馬券は、この時点で当選確実となる。
そんな年に二回のお楽しみも、襷コースが廃止となり、観戦の興味を失った。
 
障害競走の本場、イギリスではグランドナショナルという重賞競走がある。このレースはイギリスで最も人気があり、最も馬券が売れるレースといわれている。
芝コース約7,242メートルに設置されている障害を延べ30回飛越する。最大40頭の馬が出場するが、完走するのはごくわずかという馬にも人にも過酷なレースだ。
 
1944年のアメリカ映画「緑園の天使」は私が大好きな映画の一本だ。
この作品は、肉屋の娘が荒馬を調教してグランドナショナルに出場するという夢のような物語だ。
エリザベス・テーラー扮するヴェルヴェットは、馬がとても好きな少女。ある日、パイという馬に一目惚れする。彼は気性が荒く、とても乗りこなせる馬ではなかったが、ヴェルヴェットには心を開いた。しかし、階級社会のイギリスで肉屋の娘が馬を所有することは難しかった。しかし、くじが当たり、パイはヴェルヴェットの元にやってきた。
同じ頃、騎手崩れの若者、マイがヴェルヴェットの家にやって来た。彼の母はヴェルヴェットの母とは因縁浅からぬ仲だったが、マイはそのことを知らない。
マイはヴェルヴェットの家から金を盗もうと思ってやって来たが、チャンスを伺ううちにヴェルヴェットの乗馬の指導をすることになった。やがて、パイを手の内に入れると、ヴェルヴェットはこの馬でグランドナショナルに出たいと思うようになった。だが、マイは反対だった。グランドナショナルが危険なレースだと知っていたから。
それでもヴェルヴェットの気持ちは固く、ついにはグランドナショナルに出走することになる。当時のイギリスではまだ女性騎手は認められていなかったので、ヴェルヴェットは美しく長い髪を切り落とし、男装して出場することになった。
ヴェルヴェットの両親は危険なレースだと知っていたが、挑戦する気持ちが大切だと言って娘を送り出す。ヴェルヴェット、マイ、そしてパイは汽車に乗って競馬場のある街まで旅立った。彼女の手元にはシルクで作った勝負服があった。
 
この先はみなさんの目でご覧いただきたい。
この映画は、ヴェルヴェットという少女にとっても、悪事を働こうと思っていたマイにとっても、グランドナショナルという過酷なレースに出たパイにとっても、それぞれの成長物語だ。そのため、見終わった後に私もがんばろうという気持ちになってくる。
 
ヴェルヴェットを演じたエリザベス・テーラーはこの頃から美人だった。
マイを演じたミッキー・ルーニーはこの作品以降も競馬の調教師役を少なくても2回演じている。おそらく、ハリウッドで一番調教師を演じた俳優だろう。
 
さて、ここまで書いて再び資料を読んでみると、このように書いてあった。最初はプロの騎手に騎乗依頼をしていたが、彼は田舎の小娘が連れてきた馬では勝ち目がないと言いキャンセルし、仕方がなくヴェルヴェットが騎乗したと。この辺りの記憶が曖昧になっているので、近日中にもう一度観ることにする。
 
馬の映画を観ると、また馬に乗りたくなる。しかし、私は大きな外科手術をしたばかりなので当分馬には乗れない。再び馬に乗れる日が来るまで、ダイエットとイメージトレーニングを重ねようと思う。