Shall we ダンス?
若い頃、社交ダンスに熱中していたことがある。
コンテストに出て、3位だった。4組出場して。
後日、そのお祝いの会があり、私は友達に真っ赤なベストを借りて出席した。とても気分が高揚した。以来、私は赤い服を好んで着るようになった。また、ファッションには無頓着だったが、これを機会にオシャレに目覚めた。今では赤よりショッキングピンクに好みが移行し、着るものだけでなく、iPhoneのケースやその他もろもろがピンクになっている。
ダンスをやめたのは身体が硬かったから。特に、股関節の硬さは上達の妨げになった。のちに乗馬を始めるが、これも同じ原因で上達しなかった。当時はまだストレッチがそれほど普及していなくて、身体を柔らかくするには反動をつけて柔軟体操をすることが一般的だった。間違った体育理論がまかり通っていた。私の時代には、運動中は水を飲んではいけなかったし、スタミナをつけるにはうさぎ跳びが一番効果があると信じられていた。
身体の硬さだけではない。音楽的な素養もなかった。リズム感が悪いのでうまく踊れない。結局私は何もできないということを身を持って知った。
このため、劣等感には長い間悩まされた。今でもそうだが、最近は少しは感情の整理ができるようになり、以前ほど悩まなくなった。それでも、勉強がで来る人、外国語が得意な人、音楽が上手い人、スポーツを何でもこなす人など才能豊かな人と接すると、死にたくなることもある。
今は生活にゆとりがないが、もう少しお金と時間ができたら、何か習い事を始めようと思っている。大正琴やパッチワーク、ちぎり絵とかではなく、ピアノかスポーツを始めたい。もう一度、社交ダンスに挑戦するのも悪くはないと思う。
「Shall we ダンス?」が公開された時、ダンスはあまり人気があるスポーツではなかった。むしろ、あやしいもの、いかがわしいものという世間の認識だったと思う。映画でもそのあたりが描かれている。
しかし、実際の社交ダンスは運動量も多く、紛れもなくスポーツそのものだ。大学でも体育会の競技ダンス部がある学校が多い。私の友達で東京大学の競技ダンス部での青春を綴った「青春に涙はいらない」という本を出版した人がいる。それによると、とにかく過酷で大変だという。
この映画以降、社交ダンスへの偏見は少なくなり、芸能人ダンス部ができたり、健康のために習いに行く人が増えたりと状況は好転した。残念なことは、社交ダンスの認知度は高くなったが、踊りに行ける場所はほぼ全滅した。大昔はダンスホールがいくつもあったが、今では数か所を残すのみとなった。「Shall we ダンス?」の撮影が行われた大阪のダンスホール「ワールド」も2001年に閉館した。
「Shall we ダンス?」は主演の草刈民代がとてもいい。彼女のような女性になりたいと憧れた時期があるが、鏡を見て思い直した。私は才能だけでなく、容姿にも恵まれなかった。
竹中直人もいい。彼がいなければこの映画は成功しなかっただろう。
アメリカでリチャード・ギア主演でリメイクされたが、こちらの作品はまだ観ていない。