みゆき野球教室

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東京の合唱

会社の中で一番好きな場所は、スタジオでもなければ編集室でもない。もちろん、楽屋やリハーサル室でもない。一番好きな場所は食堂だ。そこでは、出演者もスタッフも、エライ立場の人もそうでない人も、一緒にご飯を食べる。何て素敵な場所なんだろうと思う。
激務の楽しみは、この食堂でご飯を食べること。この時間だけは、自分を取り戻せる。
一番好きなメニューは、310円のライスカレーだ。大きな塊の肉がいくつも入ったポークカレー。少し、粉っぽいが、美味しくて幸せな気分になる。
 

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映画の撮影所の食堂にも一度行ってみたい。きっと、華やかだろう。といっても、最近は撮影所の食堂も縮小傾向だし、そもそもスターが常に撮影している映画の全盛期は昔の話なので、放送局の食堂の方が華やかかもしれない。
 
撮影所の食堂というと、こんなエピソードを読んだことがある。
ある若き監督助手が夜間撮影の休憩で食堂に入り、ライスカレーを注文した。ボーイが次々とライスカレーを配り、いよいよ自分のところに運ばれてくると思ったところ、後から入ってきたベテラン監督のところにその皿が配られた。若き監督助手は「順番だろ」と言ったが、どこかから「助手は後だ」という声が聞こえ、監督助手はボーイに殴りかかろうとした。
この事件は撮影所内に知れ渡り、後日撮影所長の呼び出しを受けてしまう。所長は助手に「一本撮ってみたまえ」といって、監督昇進が決まった。
この若き監督助手こそ、小津安二郎だ。渡された辞令にはこう書いてあった。「監督を命ず。ただし、時代劇部」。こうして、彼の処女作「懺悔の刃」は生まれることとなる。
 
ライスカレーで監督になれたのは、映画界広しといえども彼だけだ。だから、私もひたすら310円のライスカレーを食べ続けようと思う。
 
小津安二郎が1931年に演出した「東京の合唱(コーラス)」は、映画監督として悩んでいた時の作品だ。
この時代は、世界的な不況の時期で、多くの失業者が溢れていた。
ストーリーはこんな感じだ。ボーナスの支給日に老いた社員が解雇される。その理不尽な仕打ちに抗議したところ、主人公も解雇されてしまう。
主人公は、カロリー軒という洋食屋を手伝うが、恩師の計らいで新しい職にありつく、というものだ。
このカロリー軒にはどうやらライスカレーしかないようだ。悩んだ小津は、自分を監督にしてくれたライスカレーを映画に登場させ、スランプを脱出した。
 
この作品はサイレントでしかもフィルムの保存状態が極めて悪い。それでも現存しているだけありがたい。かつての日本映画は、フィルムを廃棄することが多く、小津安二郎の作品も初期のものは残っているものが少ない。