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大江戸捜査網

子供の頃、親たちが「大江戸捜査網」の再放送を楽しみにしていた。子供にはわからぬ世界だが、サブタイトルの「アンタッチャブル」だけは興味をひいた。もちろん意味はわからずにだが、響きが良かった。
 
大人になり、やっとこの作品の面白さに気づく。音楽がいい。時代劇なのに西洋の香りがする。またお馴染みのナレーション「隠密同心心得の条」も良かった。
 
この作品は最初は日活制作だが、のちに三船プロダクション制作になった。この作品は時代劇だが京都でなく東京で撮影された。調布の日活撮影所や成城の三船プロの撮影所、砧の国際放映撮影所で撮られた。ロケには、日活撮影所の前の多摩川の河原がよく使われた。ここは私がいけない遊びをしていた場所なので、馴染みがあった。
 
出演者ではグループのリーダーである十文字小弥太(杉良太郎)や伝法寺隼人(里見浩太朗)よりも、NO.2の井坂十蔵(瑳川哲朗)や隠密支配の旗本寄合席 内藤勘解由(中村竹弥)が好きだ。また、瓦版売りの金太(古今亭 志ん駒)も好きだった。この志ん駒は海上自衛隊出身で、高座でよく手旗信号の実演をしていた。
 
深夜の再放送で浴びるほど見た。夕方の「水戸黄門」の再放送に始まり、深夜の「大江戸捜査網」まで見るのが生き甲斐だった。いつかは時代劇のシナリオを書くために、時代劇特有のセリフをノートに書き、勉強した。
 
この作品は1978年に劇場版が松方弘樹主演で作られたが、テレビ版の方が面白い。
 
三船プロの撮影所の中には、「三船芸術学院」という俳優養成所があった。
当時は、勝新太郎も「勝アカデミー」という養成所を持っていた。
高校生の時、昼休みには図書室でリクルート進学ブックを見ながら、今村昌平の横浜放送映画専門学院(現日本映画大学)に行くか、それとも三船芸術学院がいいか、勝アカデミーにしようかと真剣に悩んだものだ。当時は大学を出ないと人生に大きな不利があることを知らなかった。
養成所に入ったところで俳優になどなれないことは十分承知しているが、学んでみたかったという気持ちはある。
 
これらの養成所は今はもうない。三船プロの撮影所もなくなったし、東洋一と謳われた日活撮影所も規模を縮小して細々と営業している。
小田急線の成城学園前駅から京王線調布駅まで行くバスは三船プロの撮影所があったところを通る。バス停の名前も「三船プロダクション前」だったが、2003年4月に「成城八丁目」に改称された。
 
昭和は遠くになりにけり。
 

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