みゆき野球教室

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マッカーサー MacArthur

昭和天皇裕仁が亡くなったのが、1989年だった。
私は競馬のアルバイトに行く途中の国電の中で聞いた。車内放送でも裕仁の死について伝えていた。
当然、競馬は中止になり、収入は途絶えた。
 
裕仁の病状が深刻になった時、私は米国にいた。当時はまだインターネットがないので、日本人街で売られている読売新聞の衛星国際版の1面紙面で病状を確認した。
私は天皇制には反対している。特に、裕仁戦争犯罪者として裁かれるべきだったと思っている。
 
ある時、裕仁の病状を確認するいい方法を思いついた。東京にある私の誰もいない家にコレクトコールで電話をかける。当然つながらない。そこで、「おつなぎ出来ませんでした」と言うKDDのオペレータに裕仁の病状を聞いた。
 
帰国して数か月後に、裕仁は亡くなった。結局、戦争犯罪者として裁かれなかった。でも、今はそれで良かったと思っている。今上の明仁は父の戦争犯罪を償うために、精力的に平和に関して発言している。再び戦争をしようとしているアベシンゾーは明仁の言葉をどのように捉えているのだろうか? きっと、何も思っていないだろう。彼にとって天皇は敬いの対象ではなく、利用するものだからだ。
 
マッカーサー裕仁が会いに来た時、命乞いをしに来たと思ったと伝えられている。しかし、戦争の全責任は自分にあると言う裕仁に感動したという。これはおそらくはかなり美化された伝説だと思う。
一方、アベシンゾーの祖父はA級戦犯として死刑になるところを命乞いして許してもらった。その引き換えに、日本国を差し出すという条件で。今、アベシンゾーがやっていることを見ると、この話はまんざら嘘ではないと思える。
 
マッカーサー」は、グレゴリー・ペックが主演した。
日本ではマッカーサーのことはあまり知られていない。厚木飛行場に降り立つ場面とレイバンのサングラス、コーンパイプくらいだろう。この作品では、彼の挫折も描かれているので必見だ。