みゆき野球教室

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この世界の片隅に

小津安二郎の終の住処と、松竹大船撮影所の中間地点にあった我が家は、ビンボーだったので冷蔵庫がなかった。そのため、毎日買い物に行く必要があった。まだコンビニがあまりなかった時代。近所に、カドヤというスーパーマーケットがあった。
 
カドヤは21時まで営業していた。当時は、そんな時間まで空いている店は少なかった。私は、半額になった食品を求めて閉店間際に通っていた。
 
ある日、一人の老人に出会った。彼は眼が不自由だった。店に入ると、大きな声で「あんドーナツはありますか?」と聞いていた。どうやら常連さんのようで、若い店員さんは「はい、おじいちゃん、あんドーナツですよ」と言って商品を渡していた。
 
別のある日、また老人に出会った。いつものように「あんドーナツはありますか?」と聞くと、店員さんは申し訳なさそうな声であんドーナツは売り切れたので、あんぱんはどうかと聞いていた。老人があんぱんを買ったかどうかはもう覚えていない。だけど、とても悲しそうな顔をしていたことは、今でもはっきり覚えている。
 
その後、私は赤坂に引っ越し、老人の消息はわからない。何年かして行ってみると、カドヤは廃業していた。
 
老人との出会いをきっかけに、私はあんドーナツを食べるようになった。
あんドーナツではないが、広島東映の隣にはフライケーキを商うスタンドがあった。映画を観る人がフライケーキを買い求め、劇場に入る風景を何度も見た。これも、今はもうない。
フライケーキは、海軍の街、呉の名物だそうだ。去年の5月、広島訪問をした際に呉に寄り道をしてフライケーキを食べようと思った。しかし、その日は定休日で買うことができなかった。
 
呉は、海軍の街だ。私の父は、この街で生まれた。私は幼い頃、父の妹の家に預けられていたことがあった。この街は、水道の蛇口をひねると、白く濁った水が出てきた。その水が飲めなかった。また、この家に預けたことがトラウマになって、他人の作ったご飯が食べられなくなった。父の妹の台所がとても不潔だったからだ。
 
呉を舞台にした映画やテレビジョンは多い。「仁義なき戦い」や「海猿」などがある。
今回取り上げるのは、「この世界の片隅に」。こうの史代の原作マンガをアニメーション化した。
 
主人公のすずは、絵を描くのが好きな少女。広島の港町、江波に生まれる。
実家は海苔の漁師をしているが、工場建設のため海が埋め立てられ廃業する。
大人になったすずは、呉に嫁に行く。時は終戦の前の年。
呉は、軍事的にも重要な拠点。高台に上がると、建造中の戦艦大和が見える。その海軍基地や造船所は米軍の攻撃の対象になり、激しい空襲を受ける。
そして、隣接する広島は、原子爆弾を投下され、壊滅する。
 
この作品は、クラウドファンディングで製作費の一部を調達した。予定の額を大きく上回る額を調達し、製作が開始された。
今年の秋、公開が予定されている。
 
呉で生まれた私の父は、母と出会い、すずが生まれた江波で新婚時代を過ごしたと聞いたことがある。彼は、埋め立てられた場所に作られた工場に職を得て技術者としての人生を開始したそうだ。
この作品は、私のルーツに近い場所を舞台にしているので、とても興味がある。