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みゆき野球教室

ダメ人間の由佳さんが毎日0時に更新しています

ダイナー Diner

子供の頃の話だ。父の仕事の関係で広島に住んでいた時期がある。
市内の中心部、そこは「街」と呼ばれるエリアだった。紙屋町や八丁堀という町名はあるが、それらを総称して「街」と呼んでいた。
「街」がハレならば、住まいがある造船所がある町はケだった。月に一度くらい、「街」へ行くのが楽しみだった。
 
その当時、デパートは二つあった。地元資本の福屋と岡山が地盤の天満屋だ。私は福屋を贔屓にしていた。屋上の遊園地で遊び、大食堂でお子様ランチを食べて、おもちゃ売り場でおもちゃを買ってもらい、地下の食料品売り場で少し高いお菓子を買って帰るのが常だった。これは親子三人で出かけた時のパターン。
母と二人で出かけた時は、隣接の街にある商業ビルで洋服を買ったり、地下にある食品スーパーで日常の買い物をすることが多かった。
その食品スーパーには、カウンターだけの飲食店がいくつか入っていた。お好み焼き、うどん、甘味、ハンバーガーといった店だ。
 
ある時、母は私をハンバーガーの店に連れて行った。当時、広島ではまだマクドナルドが進出していなくて、ハンバーガーといえばアメリカのテレビ映画でしか見たことがない。当然、食べたことはなかった。
その店は、客の前で鉄板で肉とパンを焼き、皿に入れて出していた。初めて食べたハンバーガーはとても美味しかった。お代わりをして、二皿食べた。
しかし、その店はすぐに無くなった。次にハンバーガーを食べたのは、東京に戻って二子玉川マクドナルドで。でも、最初に食べたハンバーガーには及ばなかった。
 
皿で出すハンバーガーは、ずっと憧れになった。しかし、ファストフード店で出される物は紙で包んでいて、探し求めたハンバーガーにはお目にかかれなかった。
一時期、デニーズに皿で出すハンバーガーがあった。でも、食べる機会がなかった。
そんな時、映画の中で皿で出すハンバーガーを見た。アメリカによくあるダイナーといわれる飲食店でそんなシーンを見た。憧れはますます高まっていく。
 
やがて日本でグルメバーガーが流行りだすと、やっと皿で出すハンバーガーに再会することになる。
地元の自由が丘バーガーや日本橋人形町のお店によく行った。
 

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アメリカには、ダイナーという形態のレストランがある。「アメリカン・グラフィティー」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などにも出てくるので見た方もいらっしゃるだろう。
 
「ダイナー」は、1959年のアメリカの若者と音楽を描いた作品。若きミッキー・ロークが出ている。
 
ダイナーは、私にとっては憧れのアメリカそのもの。この形態のレストランがあると、つい入ってしまう。バンコクでもそうだったし、日本でも川崎市にあるムーングロウダイナーによく通った。
 

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