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みゆき野球教室

ダメ人間の由佳さんが毎日0時に更新しています

食べて、祈って、恋をして Eat Pray Love

かつて、海外旅行は高嶺の花だった。海外渡航が自由化されていないし、ドルの持ち出し制限もあった。
 
私が初めてアメリカに行った時、パスポートを作る時に30万円の預金が必要だった。
有楽町のパスポートセンターの1階にある三菱銀行に友達から借りた30万円を入金し、その預金通帳を係官に見せて申請した。申請が完了するとすぐに30万円を引き出し、友達に返済した。
 
パスポートをが出来上がると、今度は虎ノ門のアメリカ大使館で観光ビザを申請する。5年間有効のB-1、B-2ビザを取得。そうして、ようやく渡航の準備が完了した。
 
まだインターネットがない時代。分厚い旅行月刊誌で安い航空券を扱っている怪しげな旅行代理店を見つけて、航空券を購入。自分が買った航空券が相場より高いのか安いのかもわからない。零細の旅行代理店の中には、客から金を集めて航空券の発券手続きをしないで有る日突然いなくなるというニュースが頻繁に流れていた。幸い、私はそのようなトラブルに見舞われることはなかった。
 
私が初渡航した時は、すでに個人旅行、自由旅行という分野は確立されていた。
しかし、その前は海外旅行といえば、旗を持った添乗員に引率される団体のパッケージツアーが一般的だった。
そんな中、ジャルパックはZEROという商品を発売した。この旅行商品は、往復の航空券と最初の1泊分のホテルだけの販売で、中身は自分で組み立てるというものだった。現地で安い宿や移動手段を探しても良し、ジャルパックに発注しても良しというものだった。もちろん、添乗員はつかない。
 
ZEROの広告をリーダーズダイジェストで見つけ、パンフレットを請求した。届いた黄色い表紙の小冊子は、とても衝撃的だった。モデルプランが掲載されているのだが、私が今でも覚えているのは、大西部を30日かけて移動するプランだった。
 
残念ながらこの旅行商品が短命に終わった。まだ時代が追いついていなかった。しかし、私がこのパンフレットに刺激されていつかは実現したかった大西部の旅は、30日間ではなかったが、実現することができた。
 
サンフランシスコを深夜に出発したグレイハウンドバスは、ネバダ州リノを経由して、17時間後にユタ州ソルトレークシティに到着。そこで1泊して、ラスベガス経由LA行きというバス旅だった。
若いからできた旅だった。今なら8,600万円貰っても断る。
 
食べて、祈って、恋をして」は、人生をリセットするために旅に出たNYのキャリアウーマンの物語。ジュリア・ロバーツが主演した。
私も、人生をリセットするために、世界一周の旅に出たい。