みゆき野球教室

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チャーリー Chaplin

1977年12月25日日曜日。
映画を観に行き、帰宅してこたつで寝ていた。 テレビのニュースで喜劇王チャップリンが亡くなったと告げていた。
ちょうど、街中ではチャップリンの伝記映画「放浪紳士チャーリー」が公開されていた。 私は、チャップリンから映画を学び、チャップリンのような映画人になりたいと思っていた。突然の死に、大きなものを失った気がした。
 
すぐに自転車を走らせ、同級生のキリハラ君の家に行った。彼は私の映画友達でチャップリンのファンだった。
あれからずいぶん時間が経った。純粋だった映画少女の私は、すっかりダメ人間になってしまった。
 
「あなたは欠陥人間だ」
 
伝記の編集者は喜劇王にそう言った。 これは、チャップリンの生涯を描いた「チャーリー」の一場面だ。
 
チャップリンは、確かに欠陥人間だった。4度の結婚と3度の離婚。結婚相手は親子ほど歳の差が有る少女ばかりだった。 多くの天才がそうであったように、彼もまた私生活は荒れていた。

映画は編集者の質問に年老いたチャップリンが答え、回想する形で展開される。
 
チャップリンは、1889年4月16日、ロンドンに生まれる。両親は三流芸人。幼いうちに父を失い、母に育てられる。その母ハンナは、貧しさのためついに発狂してしまう。
 
幼いチャーリーは兄シドニーとともに、施設で育てられることになるが、シドニーもまた船員の職を得てチャーリーの元を去ってしまう。彼は、いつも寂しかった。いつも母の愛を求めていた。
 
やがてチャーリーは旅芸人の一座に加わる。神は彼に豊かな才能を与えた。彼はそれを生かした。アメリカへの巡業の旅で流行り始めたばかりの映画の世界に飛び込む。1914年のことだ。
 
彼の人気は、世界を席巻する。契約を更新するごとに給料は上がり続け、若き億万長者になる。 彼は単なる出演者ではなく、自らプロデュースをして、シナリオを書き、監督をして主演するスタイルを築き上げる。
 
得意のパントマイムで外国語がわからない人にも理解ができるサイレント映画をたくさん作り、世界を爆笑の渦に巻き込む一方、強い者を風刺し、弱い者に優しい光を与えて涙も誘うようになる。
 
しかし、ヒトラーが悪の手を世界に伸ばし始めると彼はサイレントを捨ててトーキーで戦うことになる。だが、これがアメリカ政府の逆鱗に触れ、彼は1952年故郷のロンドンに旅立った後アメリカへの再入国を認められず、スイスに移住して生涯を閉じる。
 
アメリカは、間違った。チャップリンだけでなく、多くの映画人が仕事や国を追われた。 しかし、チャップリンの名誉を回復するための運動が起こり、1972年彼は再びアメリカの地を踏むことになる。
 
アカデミー賞の授賞式、彼には名誉賞が与えられた。ステージの上での老いた喜劇王に、すべての映画人が立ち上がり、彼を称賛した。 そして「モダン・タイムス」の主題歌「スマイル」を全員で歌う感動の場面が描かれる。
 
主演のロバート・ダウニー・Jrもまた欠陥人間だが、彼はチャップリンを完璧に演じた。
 
世の中、欠陥人間ばかりだ。完璧な人間は、イエス・キリストただ一人。だから、私ももっと壊れて生きようと思う。
 
 

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